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2015年7月

夏盛り・・(2015・8月1日)

150725_190910 先日(7月25日)、出雲市の平田で七夕祭りがありマゴたちと行きました。

この地方ではほとんど無名の祭りですが《グッド》です。 鄙びていて、でも人々の顔がいい。

東京の佐○氏が幼少のころ、この対岸の宍道にこの平田から七夕の船が宍道湖の湖面をやってきた・・という少し前に書いた話に対応するものです。

この船形に子供らが乗り込み、囃しながら進みます。今は湖面でなく町の通りを・・。26年ぐらい前、保育士(保父・・ともう書けないかな・・)だった時、年長さんを連れて来たこともありました。

イチまごちゃんがこれに乗りたい!!と言いだし、ちょっとした顛末がありましたが、この「南本町」とかの山車の太鼓が壊れてて・・・来年はブンジイの手元の太鼓を是非お貸したいものです。

150718_083034 先日、エート?市町村合併で・・安来市広瀬町・・のさらに奥の布部(ふべ)の加納美術館で『 やなせたかし の世界展 』の初日の行事に参加してきました。

(やなせ氏のアンパンマンは自分の顔をちぎって弱者に食べさせる・・そしてそれは彼の戦争体験からきている)という話はつい近年になって知りました。

やなせ氏の原画の一枚一枚を、東京からきた識者のかたが説明され有意義な時を過ごせました。他の作品も深いんですね。

そしてその山奥の小さな美術館が、平和をテ150722_084353ーマに今後もがんばって行きたいという意思表明にも感ずるものがありました。 この加納家の一族である「加納莞蕾(かんらい)」氏の平和を求めた懐の深い絵も一見の価値ありです。 

  • 夏の花・・・図書館への道すがら・・石橋町・・北堀・・界隈の一隅。
  • 150722_110306 いづれも強い日差しをしっかり受け止めて。。一つはサボテンでいいのかな。。次の紫陽花の方・・花としてのなにはすでにうせています。 しかしブンジイにはこれからが紫陽花に目をそそぐ季節。この(花でなく)ガクが正月を越えてまで・・楽しませてくれるはずですが・・。
  • ・・・・・・「業務連絡・・15%」

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死にやまい・・(2015・7月15日)

150522_162021 書くのが恥ずかしい。 それにある意味○○な気もします。 
昭和34年、私が小学6年の時、作文指導が盛んだった三成小学校で毎年発行されている文集の表紙が気になって・・。

こともあろうに先月、「里」に上がったついでに、55年ぶりに小学校をたずね(基本・同窓会等には一切顔を出さない人間なので・・)、「あの~~~」・・と恥ずかしいお願いを。。 教員の方はなんと、たったの一分ほどで持ってこられました。(今も続いているのでしょうかね)

この版画は給食室でおばさんたちが味噌汁やらを作っているところです。 佐○氏あたりが棒切れでクラス対抗の喧嘩をしている時、ブンジ少年はガラスに額をくっつけて一人こんな所を見るのが好きでした。

「死ぬまでに・・○○を」、「これって死ぬまでにあと○回しかないかも・・」などとすぐ思い至ってしまうこの年代。 しょうもないですが、ここも通過しなければ・・という人生の通過作業。 75歳にもなればそうしたネタはまったく書かなくなると思いますので、「なま暖かい」微笑みでいなしてくださいませ。

150607_180341  先日「アオギリにたくして」という原爆の映画(この言いかたもとても懐かしい語感が・・小学4年生あたりの日記みたいで・・)をプラバホールに観に行きました。 まるで試写会かとも思えるほどの人数しか・・。 もとより私もこの手の映画は気が向かない人間です。 なぜなら内容はともかく『映画としての出来』がすこぶる↓なことがほとんどのためです。 

それがこの日は『映画としての出来』が120点ぐらいだったのです。終わって向かって右側のプロデュサーの方と左側の音楽監督の方を捕まえて一枚。

そして『是非リベンジさせて下さい!』と叫んでいました。 ともかくこのプロデュサーの方、なんでも「にんげんをかえせ」のアメリカでの上映会での英語の通訳(同時ということでしょう)の求人(バイト)に飛びついて応募。 そしてアメリカでの最初の上映の後、7歳の子供が「おねえさん、日本とアメリカは戦争したんだよね」、「そうよ」、「どっちが勝ったの」・・ひどく躊躇して「・・うーーん、アメリカが勝ったの・・」と。 

すると隣にいたその子の父親が《 戦争に勝つ人は誰もいない 》と言ったのだそうです。 その瞬間、この方は腰が抜けるほどたじろいだ・・と。 自分はたんなる金儲けのバイトと思ってきたが・・・と。

その腰が抜けるほどの初心を10年間貫いてこの映画を作ってきた・・とのこと。いい話だ。話が健康的でいい。 おそらく来年になると思いますが、みなさ150704_103955_2ま心待ちになすってくださいませ。

この間、鳥取の御来屋(みくりや)に行ってきました。御来屋といえばその昔、後醍醐天皇が隠岐から本土に逆密航をくわだて、その後の顛末になった古き港。

そのあたりの話は後日にして、その後、所子(ところご)という大山町の一集落に行きました。・・ここお勧めです

実は、25年くらい前にひょんなことでこの集落を一瞬通ったのです。 そのとき・・これは将来、是非再訪しなくては・・という思いがあったのです。 大阪のなんとか・・ハリー・・とかの館には来世でしか行かないです(別に行きたくもな150704_120959いですが・・)が・・これはスタバは無いけど・・の鳥取のユニバーサルなんとかじゃ。。(実は我が家の二人・・意外と隠れ「鳥取ファン」なのです)

ともかく探し探して放浪してみてください。 で、この土管みたいなのはこの集落を流れる小川・・?・・側溝・・?あれなんという日本語が適切か・・。《いで》という方言がぴったりなのですが。 なにしろ《 ゴボ・・ゴボ、、ゴボ・・ゴボ 》となんともいい音を立てて集落中を流れているのです。 その上にこの水・・大山から流れる日本でも秘境中の秘境ともいえる《阿弥陀川》からの水ですって。 もう30年近く前、我が息子たちをつれて2~3度行きました。 もっとも、その秘境川のほんの300メートルほどですが・・それ以上は命を落とすリスクが・・。。

で、ようやくこの写真の話・・。ここにトマトとかスイカとか・・とか・・を入れて冷やしたのではないでしょうか。 集落の人に聞きたいけれど・・真昼間・・人の陰は皆無でした。

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