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2015年6月

アフリカに・・(2015・7月1日)

150605_212305 (この部分、もう一か月前に下書きしたものですが・・) アフリカとアラビア半島の間の「紅海」の右下に黒い点が。。これは『 ジプチ 』という国とのこと。
そこに自衛隊の基地がある。。というのを御存知でしょうか。

何年か前、海賊が出る・・との理由で自衛隊が出かけた・・、また、機雷の除去の作業に出かけた・・・。 

一次的なものかと思っていましたら・・・

150605_212110 これらは「ウィキペディア」の画像です。

是非クリックして大きくして目を通してみて下さい。(もとより・・「ジプチ・自衛隊」で検索すればトップで出ます)。ウイキ・・では明確に「自衛隊の海外基地」として紹介されています。 

ここには書かれていませんが、現在の常駐300名を3000名に増やす方向とのこと。

あのー~~~、このブログ。。。政治のことは御法度としています。 ですからこれがケシカランとか、○○人では足りないから3万人に・・とかを論じるブログではないのであります。

ただ事実を共有したい。 ○○反対!!とかを唱える人も回りにいなくはありません。 でもそうした高邁な作業に、どこか足りないもの150602_114638_2を感じてしまうのは・・気のせい?。 

普門院の門の近くの一隅です。 たしか・・・ポピー・・とか。。。なんか色々外来ものが植わっていたような。。

それが。。。ともかく。。ジイは自転車を止め、なんとなく見入ってしまいました。 
なにかを連想させるような。。それが思い浮かばない。。。 

そして、「○○城・・国宝」決定!を受けてか、このすぐ下を通る観光客をのせて通る・・なんとか・・の船が、ここへ来て全船満員の状況ですよ。 ごく近いうちに堀に観光客が落ちておぼれる・・という事件が起きる感じ。 立てば足がつく深さだけど・・そこは他県のお方は深さを知らないから・・。

≪追伸≫ 先日夏至でしたが地理屋としていつも去来するのが「夏至の日は一年で一番日が長いが一年で一番【日の出が早い】ことではない」ということ。夏至は日の出・日の入りは一週間のずれがあります。 で、とくに酷い?のは冬至。 冬至は12月22日あたりですが、一年で一番日の出が遅いのはそれより半月後で、一年で一番日の入りが早いのは冬至の日より【 半月前 】となります。 ですから正月過ぎの朝などに「ついこないだ冬至だったはずなのに、もう日が長くなったか・・」とふと思ったりすることになるのです。 

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漢文の読み下し・・(2015・6月15日)

150509_103720 平田【市】・・でなく、出雲市『平田【町】』・・の。( こうした町村合併にともなう安易な名称変更・・中高年の認知症の促進要因の一つになる )『 康国寺(こうこくじ) 』に行ってきました。 すばらしいです。 アメリカの日本の庭園のランキングの何位か・・になったこともあるのもうなずけます。

で、これはその近くの案山子なんでしょうね。 でも田んぼに向いていないで道路に向いている。 これが、40年前の最初の職場のK上司にそっくりで一枚。

そして、この左手に旅伏山(たぶせやま)・・・を借景にしたその庭園の、解放感もあり、とてもすっきりして☆四つです。 (写真はあえて載せません、ぜひ迷い迷い訪問してみてください。)  最近までお抹茶付きで500円もあったようですが、現在は300150524_155703円の見学だけのようです。 ぜひ・ぜひ・トライをお勧めします。 

「イチ・ニイ・サン の 三マゴちゃん」がハラヤハウスの駐車場のすきまで「ままごと」をもう一時間以上もこの感じで続けています。

『だめー!』を連発しながら・・・。右手のホースからほんの少し・・・水が。。。

 150530_091024 史談会系の話。 明治維新の前後に、「隠岐の島」で松江藩(松平・徳川幕府)の支配を拒否し、数か月ではあるけれど支配者のいない『 自治(コミューン) 』が行われた・・という数奇な歴史があります。

その指導者に私の人生の師である「斎藤公子」氏の家系もかかわっていた・・という流れもあり、通常『隠岐騒動』と言われる歴史の深訪ツアー・・・・の準備にいよいよ取り掛かっています。

その出発点に、この「革命」の理論的指導者だった『中沼了三』(隠岐出身)の家系にあたる中沼郁氏と斎藤公子氏の共著の相当な分厚い本を必死で読み返しています。  なにしろ後ろから斎藤公子氏が見ている感じなので・・。 そして、ついには気が付けば・・こうした漢文の資料もなんとなく「読み下し」が出来るようになっている自分が。

『明治天皇の侍講(じこう・・教育責任者)』だった中沼了三・・。 明治天皇の父親からも絶大な信頼が。 徳川方に大阪で最終的に勝利したその夜、その時の大将だった○○親王は『その夜も』中沼了三を先生に勉強会を行ったとのこと。 

天皇制・・の話でなく・・・、隠岐に伝わる『 学ぶことに生命をかける 』・・・そう、斎藤公子に伝わるもの、この分厚い本からは、なにも150613_132342_2斎藤公子だけでなく多くの隠岐人にそれが・・・。

● 追伸・・昨日(6月13日)に雲南市の「オーベルジュ・雲南」で誕生会をしました。
なにしろ、二男家族5人と私らの7人のうちの5人がこの6月7月なのです。

コースのラストのケーキに今年はフルーツをミックスしてもらいました。 やっぱケーキとフルーツは合うんですね。
さて来年はどこにしようか、もう検討をはじめないと・・・です。  

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