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2009年12月

ニュース号外・・(2010・12月30日)

091228_100325 「ひとねっと」の会員のみなさんへのニュース NO40・・・そう、スペイン語入りのごちゃごちゃした・・そのニュースの評判がかんばしくないのです。

そこで12月の訪問の内容も加味した、「号外」・・を用意しました。 まだ、本格的な挨拶まわりはしてないので・・松江の会員には年明けなると思います。

091228_100617 マゴちゃんを子守りしながら・・・色ぬりを・・。 探求本能全開・・模倣反射全開・・の1歳半だから、まったく同じことをしなければ気がすまない・・マゴちゃん。

で、みなさまへお届けしたニュースの裏に、まだ横だけの線があったら・・・平に・・免じてくださいませ。

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咳が止まらない・・(2010・12月28日)

 帰郷したマゴちゃんと過ごしたりしています。 ブログの方、今後はまた月 ・ 091226_115751水 ・金のペースをと考えています。  2~3日前に見つけたカフェ屋さん。 食事もOKでした。 また、詳しい情報をおしらせします。(写真・カミさんがたのんだオムライス)・・・

追伸・・あの悪夢から、もう一週間もたつというのに、まだ咳き込みが止まりません。 一日中咳をしています。

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アメリカ漂流記・・その7・・(2009・12月27日)

さあ! いよいよフライト へ・・ 機体は滑走路にむかって、のろのろ動き出しました。 しかし、15分ほどして、またターミナルへ。

ほどなく、不具合にて部品の交換を・・20分お待ちください。(もう成田行きだから、日本語のアナウンス・・どうしてあんなに小声なのだ!) しかーーし、・・それから何時間たっても動かない。 ああ!!おそらく今夜もまた、ホテルを割り当てられ、もう一泊することになるのだろう・・。

乗客のみなさん・・その原因は100%この私にあるのです・・・と、叫びたかった。 ・・ ・・ ・・ そして、そして、5時間後。 ようやく離陸したのです・・。 でも引き返すよ・・きっと。 いや、落ちるかもしれないし・・・。 091219_203715

しかし、ともかく13時間半後に・・・成田に着きました。(ほとんど、20時間近くも機内にいたことになる・・) 

そそくさと、電車(快速)で東京へ(写真)。むやみに綺麗な車内が私の神経をさかなでする。  隣の座席からは、中年夫婦の東京弁が・・これみよがしに耳にまとわり付く・・。 もう ほとんど嘔吐しそうになった私はふらふらと席を移りました。

091219_231536当夜の宿についたのは、もう夜の11時。 ともかくちかくのラーメン屋に・・。そして、ラーメンと・・餃子と・・ビールと・・ご飯と。 まずくもなく・・とてつもなく塩辛い・・。 しかし、これでいいのだ・・いかにも生きて生還した感じがするじゃないか。。

ああ・・・この3日間・・・よくぞがんばったと思うよ・・自分でも。。 それにしても自分の窮地を救ったのはやっぱスペイン語ってことかなー?

で、ここで なにげに・・ですが、スペイン語・・3才9ヶ月とします。 ( 完 )

 

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アメリカ漂流記 その6 (2009・12月26日)

めざすゲートまで来てさすがにホットし、2人でスターバックこーひーを。 やれやれ・・。 私のフライトまで3時間半、アナさんのフライトまで2時間・・・。 で当然日本への連絡を・・。

アナさんが携帯をかしてくれる・・しかし、繋がらない・・・。 ふと、前を見ると、アジア人の娘さんがPCをやってる。 そうだ!!! 彼女のPCから、カミサンへ『メール』・・という方法があるかも!!091218_224129 

OKよ!!・・・。 うーん・・しかし、なにかの加減で繋がらない・・。 この娘さんはマレーシア人で、成田経由でシンガポールへ向かうとのこと。 ・・・ちょっと待って!! お兄さんの携帯からなら日本へきっと繋がるわ!!(兄も在アメリカ)

ま、どういうカラクリか私には解りませんが、お兄さんに 日本へ繋いでもらい、それを彼女のに転送でもしたのでしょうか。。。 そして ついに・・ついに・・・。

『オラ! オラ!・・・どうかいね? まだアメリカでしょ・・』・・と、むやみに明るいカミさんの声。 もーーう!拍子抜けすーがね。 あいかわらずだね・・。ブエノスの秘書のスサーナさんから、乗り継ぎは困難かもしれない・・との電話があったとのこと。 短い電話が終わって3人でハイタッチ!!

『ゲームオーバー!』 とアナさん。 私はブエノスなら・・と、ハグをしようとしましたが・・あれ?アメリカはしないんですか。 さてさて・・やがてアナさんともお別れ・・そして、最後となるか・・成田へのフライトへ・・・。 しかーし・・何が起こるか解らんぞー!・・・今回は魔物がとりついているからな・・という なにかぬぐい切れない不安が・・・。

普通なら、これで終わりですが、やはり・・まだ何かあったのです。 ( 続く )

091225_112441 ・・・・段落・・・近所の風景。 ピンポン玉ほどの柿。  さらに雪に打たれて、一月にならないと渋みは取れないでしょう。 当然・・一つ口に・・。 中途半端な甘さと、後から歯茎が腫れるほどな渋みが・・。 カラスと競争かいな・・。

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アメリカ漂流記 その5・・(2009・12月25日)

この女性・・アナさんという名前とのこと。 なにしろテンション全開。 わたしにバドワイザー(ビール)もおごる。 しかし、私にビールを飲む余裕などあるわけなく・・つまり、昼間見た悪魔の巨大空港に明日・・またトライするかと思うと。

50%の可能性でまた迷子になる・・そして、一週間も彷徨したあと、日本大使館に救出される・・・わたしにはそんなシナリオがありありと・・ ですから、1センチほど飲んであとは断りました。091218_205707 アナさんは 『あの空港は初めて? そう・・そりゃちょっと大変だわ・・』とも。

ともかく朝になりました。アナさんが『あなた・・わたしといっしょに空港へいったら、わたしがアテンドしてあげるわ・・』と。・・で、ミニバス(写真)に乗って空港へ。

わたしはまだ迷っていました。 というのは昨日の窓口のスタッフが今日は朝・・8時半から勤務ということをきのう聞いておいたのです。 つまり、そのスタッフの携帯からは日本へ連絡がとれるのです。 そうとう迷いましたがアナさんに、『ポル・ファボル(おねがいします)』と。

空港へつくと、昨日のカウンターでなく・・アナさんは機械処理の(なんて云うのかいね)所へつれていき、たった一分でチケット処理が終了。・・(昨日も初めからここへくればOKだったかもね・・)。で、次は出国カウンターへ。??ここもたった5分で通過(まだ、あさ7時半で人も少ない)。。ていうか、強力な水先案内人がついているから・・091218_215710_2 で、次は荷物のチェック・審査場・・・も5分で通過。

さて、最後に地下鉄に(写真)・・・。 これがこの空港の一大特徴で、何百メートルおきに駅(ターミナルビル)があり、それぞれに50番ぐらいまでのゲートがある。  で、わたしのはアナさんと同じE駅(Eターミナル) ( 続く )

・・・・・追伸・・・・・・・・昨日より、元の病院の爪きりボランティアをはじめました。 ともかく相当に忙しい毎日を過ごしています

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アメリカ漂流記 その4 (12・24)

さて、次に手を打たなければならないのは、日本への(カミさんへの)電話。 成田到着の次の日に、斎藤先生の息子さんへの訪問など、大事な用件を3つほど入れているのです。 《 あのー、もとより空港の公衆電話をつかう能力など はなから私にはないのです 》 で、窓口の女性にどうしたらいいか話すと、自分の携帯電話を差し出すではありませんか。

で、カミさんの職場に電話を。 ルル・・ルル・・ と鳴っている。 出ないなー? 2度3度・・ありゃ・・日本は、今 夜の2時半だがな・・。 で、こんどは家に・・・。 出ないなー。 寝てるなー。ま、あと5時間してまた・・。

さて、指定されたホテルにはミニバスが巡回していて、それで行け・・とのこと。 で、なんとかその待機場所に行き、寒風の吹きさらしの中・・・待つこと・・待つこと・・一時間。 なにしろ猛烈な寒波がきていたのです。 もう足に霜焼けが出来ました・・。

数メートル離れて、同じく肩をすぼめて立ちすくむ女性・・。 じつはこの人がこの後の展開に恵みとなる方だったのですが。 で、ともかくミニバスも来て、ホテルに向かいました。 その女性も同じホテルへ。 さて、チェックイン・・「なに! 英語がしゃべれないだと・・!」 みたいな、あきれたような蔑視の空気のなか、そそくさと部屋に。

で、2時間ほどして再び日本への電話のトライ。 カウンターのスタッフも巻き込んでそれから次の朝まで、何十回とトライしましたが・・・。 カミさんへ・・でなく、日本へ繋がらないのです。  さて、夜の食事。 よく見ればたった7ドルほどの食事券。 それ以上は自腹・・とくこと。 ま、食欲があるわけでもなし・・ただの水と、頼んだホニャララ・・もまずいし。

すると・・そこへ、昼間、バスで一緒した女性が。 で、私がスペイン語なら少し・・とくことが解っていたので、テーブルの向こうに座って話かける。 で、こもごも私のトラブルについて話すと、大いに同情してくれる。 で、彼女のほうは、故郷のドミニカへ 091218_083843_2バケーション(3ヶ月)で帰ろうとしたが、機体の故障で明日のフライトになったとのこと。

で、さらにおたがいの仕事の話になって、彼女は『 これは、私からでなく神様からのです・・・』 と言って、40ドルのカンパを出すではありませんか。 もちろん断りましたが、『神』の名を出した以上、彼女が取り下げるはずも無く・・ いただきました。  

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アメリカ漂流記 その3・・(2009・12月23日)

おもいのほか早くターミナルのセンターに。 さて、荷物を引き出しに・・・。 で、機内の隣に座っていた外人さんに、m-^・?。>(・・と頼んで、つれていってもらった。 しかし、これは判断ミス。 この空港は荷物の引き出しはなかったのです。

で、つぎはチケットカウンター?? と思ったけど、いちかばちか・・出国審査のゲートに。 これも判断ミス。 チケットカウンターに行け!!! と。 で、ここまでの外人さん・・もう私時間無い・・と。 で、近くにいたボーイに「この人をチケットカウンターまで連れていってあげて」と。

ボーイは気軽にOK!!(このあたりがアメリカのいいとこだ)・・で、チケットカウンターに到着したのは20分前。 で、さっそく列の一番後ろに・・でなく、スタッフをつかまえて、『 これは、あなたの会社のミスで、こんなに遅くなった。 早くしてくれ・・』みたいな言葉を言ったけど、『NOーーーーウ!!・・ テゥモロウ!!(明日だ!!) 』 と怒鳴られる。 (ここをどこだと思ってる・・天下の・・悪魔の・・アトランタ空港だぞ・・どんなに遅くても一時間まえには来い!・・・みたいな) 

そんなことで、諦めるわけにはいかないのだ。 折込ずみなのだ。 それにこのまま死ぬわけにいかないのだ・・。 『ヘイ! ヘルプ ミー!!』などと連発する私。 係り員も憎憎しげにわたしをにらみつける。 ともかく15分して私の番に。 途中ですが、いままでのアメリカの空港はスペイン語が普通にOKだったのに、この空港では通じないのです。 

で、一人だけスペイン語の解る窓口が。 で、ようやくスペイン語で事情を話す。 係りの人は上司らしい人に相談する。 その上司は首を横に振った。 ・・・その瞬間・・・へなへなとその場にへたり込む・・のでなく、昨日からの苦闘と苦悶がとりあえず『ちょっと休憩』となることでのホットした気分。  もちろん次の恐怖は待っているけれど。

で、15分ほど係りがキーを打っている間、つぎの恐怖への対応策を。。 なによりもこの空港で24時間 安全にやりずごすにはそれなりの場所を要求しないと・・・。 それと、荷物は一日先に成田に着く可能性があるし。。しかし、これは、待機のためのホテルのチケット(食事券もついて・無料)を渡され、荷物も降ろしました・・となって・・ヤレヤレ・・(続く)

  

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アメリカ漂流記 その2 (2009・・12月22日)

 ブエノスからニューヨークまで11時間。 いつもなら長い! とかなんとか思うところだが、こんどばかりはこれはまだ戦いの前の段階・・・という想いだから、まんじりともせず息をころしてやりすごす。

やがて、見慣れたニューヨーク(ワシントン)空港。 そして2時間後にまた南へ・・・の不毛のフライトへ。

飛行機は、70人乗りぐらいの小型機。 気のせいかややゆっくり飛んでいる。 『イツ ツキマスカ?』・・『11時30分ヨ!』・・ こりゃ、成田行きに乗れる確率は、どう考えても 50%以下だな・・・・

秘書のスサーナさんから、このアトランタ空港の悪魔のような広さと、悪魔のような解りにくさ・・について何度も聞いた。。ヤヤ!・・ 少し早く着くぞ!! 最後の一秒まであきらめずにガンバルゾ! なにしろ、命がかかっているから・091216_072002(続く)

●‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘この写真・・ブエノスを発つ前日、ボランティアのロミーナさんが、彼女にしてはやや強引にビアホールにさそう。 やや水っぽい地ビール。 

それよりも、別れぎわ・・『今からノビオ(恋人)のところへ行きます!』・・エエ! ?? そう、よかったね・・・。 って、今日はそれを言いたかった? そうか・・おめでとう。。。。

さて、松江におとといの夜ついてから、猛烈に用事をこなしています。 一年分を3ヶ月に濃縮してやらなければならないことが、山のようにあるのです。

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アメリカ漂流記 その1 (2009・12月21日)

091217_084956 いまを去る、もう一週間近く前から、この地獄の話は始まりました。  12月16日・・一時帰国すべく、ブエノスアイレスの国際空港(エセイサ)へ。 ターミナルに着くと様子がちょっと変・・。 

『エエッーーー!!! もう飛行機は出発してる??』・・飛行機に置いてきぼりにあったのは、私だけでなく、何十人かの人が立ちすくんでいる。

原因は!! 夏時間で発行されたチケット・・。 でも、実施の2日前になって、政府が突然中止したことによる、混乱?。 でも それだけでなく、なんらかの飛行機会社の都合で時間が変更され、それが周知徹底されていなかった??

ともかくこのちいさなオフィスにひとりずつ連れて行かれ、代わりのフライトのチケットが渡される。 私の場合は『 中継地のアトランタから、はるか北のニューヨークまでのチケットと、そこからまた、南へ・・つまり、アトランタへ・・・・』 の2枚が渡された。

こりゃ・・・大変な事態が待ち受けてるな・・・。という気はするものの、押し出されるように機内に・・。 ・・・案の定・・生きるか死ぬか・ほとんどし死・の地獄が待っていました。(続)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ともかく生きて日本にたどりついたから、ブログもあるわけですが、書きたい分量が10日分ぐらいありますので、’’連日報道’’とします。 でないと正月すぎてもこの地獄話を書いてることになりそうですので

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お知らせ!!!!

みなさま、失礼しています。

が、大変なことがあって、昨夜ようやく日本にたどりつきました。

まだ、私のPCからのUPではありません。 あすの午後あたりには、・・とは、思いますが。

ともかく、生きていますので・・・。

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武運長久を!! (2009・12月16日)

091215_073721 いよいよ明日の夜、フライト開始です。 2週間も前から、イヤイヤ待って・・・もう、どうにでもなれ・・という感じです。 ほんと、船で帰りたいわ!。

さて、昨夜は、昨年の5月に2歳で亡くなった、ミラグロスちゃんの両親がどうしても・・ということで、通訳同行でおよばれにいきました。 パパの本職は料理人だそうで、テーブルあしらいなんかも決まっていました。

091212_080905_2 きょうは、来年の出版(予定)の翻訳者の方との打ち合わせでした。  下のは、2~3日前の夕焼け・・・。 この右手のほうに日本が・・。 

東京には、日本時間18日の夕方・成田に着きます。 なので次のUPは、金曜の夜・・東京から・・と思います・・が、『エラカッターー!!』と、ブログの内容は今から見え見えですがl。

関東方面で、2~3の用事をして後、松江に向かいます。 では、武運長久を!! ああ!!・・スペイン語・・どうやら、3才8ヶ月みたいですよ。 

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音のある風景 (2009・12月14日)

091212_041644 地下鉄C(セー)線・・ 若者たち・・ 足元がいかにも若者らしかったですが、入ってなかったなー。

『木曜日』 の夕方は、ロミーナさんと打ち合わせ。 『金曜日』は、ヒマワリの3~5才児のリズムあそび。 午後にはJICAアルゼンチン事務所への一時帰国前の挨拶でした。

 『土曜日』はトミーくんとママの初のプール遊びに同行しました。 午後はボランティアのマルさんと打ち合わせ。 そして『今日』は片道2時間半はかかる、ダウン症のM君宅に、ダニエルさんと行ってきました。

さて、もう3日後に、また「地獄の飛行機」が待っています。 もう数日まえから気分がすぐれません。 なんだか血の気がひいていくみたいな・・・。

ようやく表題の『音』の話・・・汽車のなかで兄妹でやってました。 動画をクリックしてお聞きください。 「akodeon.3gp」をダウンロード 至近距離で撮ったのを、保存してなくて、去っていく背中・・ですが。

 

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ウナ・プレグンティータ !(2009・12月11日)

091208_053551  3日前の、ふぉるもっさの飛行場。 「入り鉄砲に出おんな」・・ではないですが、国境の町。 麻薬犬も使っての、ものものしいチェックでした。

おとといは、ブルサコのNさんとFさんとの面会。 きのうは浦崎さんと学習会。 Lさんとの個別リズム。 旅行代理店で日本のマイレージの手配・・などでした。 一時帰国までもう一週間を切りますので・・なんやかや↓・・です。

091209_223130  さてこの表題・・「チョット・オタズネシマス」・・・みたいな言葉ですが、通りで こんなにかわいく眠ってるので、写真を一枚撮らせてもらいました。

で、その時の私の「とっさの一言」です。 うーん、例えて言うと・・かわいい子・・を、「かわい子ちゃん」みたいないわばブロークンなのです。

スペイン語・・3才7ヶ月かな・・。 毎日苦闘してる割に進歩はゆっくりですが。

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12月10日

長文のブログをほとんど作成中・・・消えてしまいました。 で、本日 休みといたします。

あすより、通常の月・・水・・金・・にもどります。 早々。。

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ふぉるもっさ余話 (2009・12月9日)

091207_055607  きのうの夜、無事フォルモッサから帰りました。 まだ活動の話もありますが、いったん打ち切ります。

さてこれは2日目の午後、大雨で活動がキャンセルになった夕方の散歩の時。

アイスクリーム屋のクリスマスの飾りかな・・。 特に天井が何かの草をつかって、なにやらとても素敵なドームに見えます。091207_062822 

 大雨で客が無いので、従業員たちも一枚。 この娘さんがかざりを作ったとのこと・・。 まあ、お雛様飾りを飾り終えたような・・・感じなのでしょうか。 笑顔がいいですね。

 もう一枚。

これは昨日の。 社会開発省(厚生省)の建物の前です。 私の隣が初日に参加した女性。 私の姿を見つけ強引に、こんな場面に引き込む091207_215307。 まあ私も、通訳のジュンコさんの写真が一枚もないなー・・と思ってたので応じました。 

しかしやたら「ベソ」(ほっぺをくっつけあう)をする気配があったので、顔がやや引き気味のところです。 右端がコーディネーターのリリアーナさん。

ところでジュンコさん、日本語が完璧ではないのです。 ですから話すことを単純にして・・・。 結果は 講座などの流れが自然な感じになって、かえってとてもOKなのでした。 もちろん現地の方々は彼女の持つインテリジェンスに一目置いているのです。

明日もUPするかどうか・・。 

 

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ふぉるもっさ速報 No4 (2009・12月8日)

091207_223146  きょう最終日。 まず、『オガール・オンブレス』(男性の家)で3人の障害児(者)への発達援助に向かいました。 

横になっているのは、「 J 」君・・といっても もう30歳を越すらしいですが。 ことし7月 はじめて彼を見たときは、体のあちこちのジョクソウとあわせ、なにやら皮膚の壊疽(えそ)のような部分も見られました。

それが、180センチ近いからだが、すっかりきれいになっていました。 そして091207_221315、さらに驚くことに、傍にたたずんでいるクラウディオ氏が一人でこのJ君に『両生類のハイハイ運動』をほどこすという。 彼の熱意はとどまるところを知らない境地にあるなー。

つぎの写真は、昨日の講座でモデルもつとめてくれたアリエル君。 確かに脚の緊張はだいぶ無くなっている。

そして、きのう 『 あなたたちはレベルが高いから、よりレベルの高いことをアドバイスしますよ。 便の出る時間は十分把握しているだろうから、それ以外の時間、オムツをはずすことに挑戦してみては・・』・・というアドバイスを、もう実行してるではないですか。 

そして、施設長も含め、『 きのう初めて自分でミルクのコップをもちましたよ 』と喜びを競って私に報告をします・・。  この感じ・・なんというか・・そう まだ 『 のびしろ 』 をいっぱいもっている集団だなあ・・。 この種の職場ではなかなか見られないことです。 まさに神に祝福された・・とはこういう瞬間と思います。

最後に、来年の4月にはこの場所(施設)で、講座を持つことの話もでました。 外は雨はあがっていますが、先住民地区への道路はとても・・ということで、今回の出張これにて・・。 えーと・・まだ少し報告したいこともありますので、明日もUPの予定です。 

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ふぉるもっさ速報 No3 (2009・12月7日)

091207_051028 ● きょう二本目のUPです。 大雨で先住民地区への立 ち入りが出来なくなった・・かといって、日曜日だからコーディネーターのリリアーナさんも代わりの活動を急遽・・というわけにもいかず。

 雨が上がった夕方から、同行通訳のジュンコさん(ポコアポコ副091207_053951代表の方)と近くの散歩。 亜熱帯に属する気候でしょうから・・見慣れない花が多いです。

 ゴミゴミしたフェリア(市)で売ってた・・なんでしょう・・クリスマスのかざり? ニワトリだけ買おうか・・と思いましたが、焼きがあますぎるので・・すぐ壊れそうでやめま091207_052312_2した。 ちょっとだけ見えてる、おばさんの『手』も『民芸』・・に見えました。

今夜も蚊にくわれての・・長い夜になりそうです。

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ふぉるもっさ速報 NO2 (2009・12月・7日)

091206_232927  きょうは障害児施設ではたらく人たちへの斎藤メソッド講座。 12人の参加者でした。

いかにもハラヤ流・やらせの写真でちょっと気が引けますが、今日のモデルのアリエル君への介助の写真はまともに顔が入っていたので・・。

終わって集合写真でも撮ろうか・・・という気になるほどの感情がお互いに流れていました。 「♬ 出ーして、引っこめて・・・ラン・ラン・ラン♪」をやりながらのです。

 肝心のアリエル君。 スタッフが寄って触って・・(あれ・・この日本語でよかったかいね?)ケアするからか、体がグーーンと大きくなっていました。 それと「無語」でしたが、「発語」が聞かれるようになっていました。 これは昨日のアンドレちゃんも同じでしたが。

ただ、みんな夜勤も含めた施設の労働者たちだから腰が弱っている・・・のがありありです。 なのでメニューを軽めにしてあげて、来年に少し残しました。091207_010053 

 午後は、先住民地区の障害児宅を3軒ほど訪問指導・・という手はずでしたが昨夜からの大雨が日中も続いて、・・・以前にも書きましたように、州全体が「沼地」みたいな地域ですので、断念。  ホテルの前の公園もこんな感じです。 

ところで、施設・・とかきましたが、正確には『 家族(親)に捨てられた障害児(者)の収容施設 』です。 女性の施設を「オガール・ムヘレス」 といい、男性の施設を「オガール・オンブレス」といいます。 これからも出てくるとおもうので・・・。

 ああ、それと・・、先住民の人たちにとっては『 他人を家に入れる 」・・という発想は普通は考えられないのだそうです。 「 医者でも入れないのに、HARAYAなら入れようとするのね?」とは、リリアーナさんの弁でした。

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ふぉるもっさ速報 NO1 (2009・12月6日)

091205_212458  なんと・・旅先でのブログのUPです。 技術的なことは出張から帰ったらゆっくりと書くことにして・・。

 早速今日初日、午前中8人の参加者で講座を。 この写真の手前 右と左の手は2ヶ月前、あの「たらい一つ用意できない」・・とかでかなりな「もんちゃく」があった施設の長と主任。

どんなご対面となるやら・・と心配も。 しかし見ればアンドレちゃんは、瞬きほどの瞬間しか目が合わなかったのが、しっかり見る力がそなわっている。

そして、両腕もかなり緊張がとれて広がってきているではありませんか。 おまけに2人の表情も良くなっているし。 

 終わって バイクでアンドレちゃんを、091205_230332_2 まるでスーパーの袋みたいに抱えて帰っていく二人のヘルメット姿は、顔は見えないですけど、ずいぶんと笑っているように見えました。

 8人のうちの4人は先住民の障害児を持つママたちの参加でした。  「あの人たちが自分から参加するなんで信じられないこと」・・とはこの州のコーディネーターのリリアーナさんの弁ではありましたが。 (明日もUPできそうです)   

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「コメント」続行・・(2009・12月4日)

 昨日はヒマワリの浦崎さんとの学習。 このところ頻度が上がっています。 そして来年の構想もだいぶ煮詰まりつつあります。

さてェーー!!。 先日来、コメントを廃止だわ・・・なんだわ・・でしたが、『 続行!! 』します。 プールしておいて、公開を私の手元でコントロールする方法が見つかりましたので。(この作業自分でしたよ・・ちょっと自慢)

ですから、いままでどうりコメント・・というか、 いままでどうり・・でなく、もっとほしいよー。 せめて100本ブログみたら、一回はコメントを!!(おどしかいな・・) イエほんの『みてますよー』の一言でも嬉しいのですよ。

さて次は、ブログのソフト会社が先日から、画面のバージョンを勝手に変えていますが、これも元のスタイルに戻しました。

 次は、、、明日からフォルモッサ・・第3次の出張です。 10日ほ091204_035758ど延びていましたが。 ノート・パソコンを持っていきますよ。 ひょっとして、現地でUPできるかも??

 そしてさいごは、『スペイン語版のホームページ』 本日基本的に出来てきました(業者さん)。 あと微調整が少し残っていますので、アドレスの紹介は後日・・ということで・・。 画面左下・・日本の風景のおまけ付きとなっていますよ。

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文献学習のようす (2009・12月2日)

091201_231031  きょうは、アドリアナさんとの文献学習の日でした。 場所はいつもの187番。 きょうはご主人にも最初来てもらい挨拶しました。

さて、なにを勉強してるのか・・・。  今日は ちょっと紹介しますかね。

 まずは、『依存種』・・・『レリック』の話。 カブトガニ・・カモノハシ・・そして、シーラカンス。 生きている化石の話です。

そして、話は人間社会の中のレ091202_011910リック・・・例えば、ニューギニアとか、アフリカの一部には何万年前の人類の社会生活がレリックとして残っている・・・。などなど。

今日の他のメニューは、 『自然を守れ・・と言うが、20億年前には大気中に酸素はなかった。 10億年もかけてようやく今の酸素を含む空気が出来た。 自然とは変化を前提としている』とか・・  

『人類はなぜ歩行に至ったか。 より豊かな食物を求め、あるいは獲物をより有効に捕るため、4つの足・・だったものが、2つの手と2つの足に分かれた。 ところが、今 世界では「異性にプレゼントをするために歩行が始まった」・・などとする荒唐無稽の珍説がもてはやされ、本来の真理(科学)がなおざりにされている』  などなど・・・。

そう・・今科学が危機なのです。 

 ちょっと、長くなりますが、この「自然を守れ」の話では、「わたしの田舎に大山(だいせん)という山があって、頂上が崩れて低くなる・・のはいけないから・・・とリュックに石を入れて頂上に運ぶグループがテレビでしつこく紹介されたりする。 しかし彼らは「自然が好き」ではあっても「自然とは何か」は知らない人々なのです」・・・という話は外人は喜んで聞きます。

ああ・・もちろん、以前は5000メートルもの山で、ようやく1700メートルまで低くなって、もし山がしゃべるとすれば、「もっと低くなりたい」と言っているはずだよ・・と言ったらアドリアナさん、声をたてて笑っていました。

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