2009年7月
こんどは吉備路 (7・29)
広島につづいて、昨日は岡山へ。 ヒマワリ幼稚園の浦崎さんが8月28日から研修でお世話になる、もみの木保育園への打ち合わせに行ってきました。
いつもならカミさんと・・・となる所ですが 一人で。 で、スペイン語を ぶつぶつ つぶやきながら、時速50キロで地道ですから、どうしても5時間かかります。
鳥取県・南部町の緑水園で、かわいいぞうりを買いました。 熨斗紙(のしがみ)とならんで、プレゼントには最適なのです。
吉備路には吉備路のおもむきがあって、何度 通っても飽きないです。
アルゼンチンの皆さん(最近はパラグアイも?)。 景色としてだけでなく、空気の中をただよっている 【 サウナの中のような 水分 】の気配も 見取ってほしいです。 (明日 もうすこし)
安芸路(つづき) (7・28)
なにか、なにをしゃべっても 【すでに報告した】みたいな気分がして、私の話しに熱がこもらない・・感じ。 そう、「これも、ブログで書いたことですが・・・」の枕詞がやたら口から出る。
でも、それは私が思うこと。 松江に帰ると、【生】の報告でしっかり内容確認ができました・・という御礼メールがさっそく入っていました。
さて・・ここで、昨日も話題に出た、先般のフォルモッサの地元紙の 翻訳が出来ました(ブエノスでお願いしていた方から届いた)ので、全文を紹介します。
「身体障害児のリハビリに、画期的な日本のシステムを導入」 “家族自身が技術を覚え、適用できる手法”
この技術は、リズム的な優しい動きで人の筋肉をほぐすことを基本としている。特に障害児においては、子供が筋肉をコントロールできるようにしていくことにより、子供の社会的参加を促すことに役立つシステムである。障害児の生活条件を改善していくのに役立つ優しい手法である。
昨日Alberto Zorrilla(アルベルト・ソリッジャ)地域開発大臣をはじめ、同省の障害分野関連省庁並びに市民団体の関係者と、原屋文次氏との間において懇談が行われた。
原屋氏は、過去に日本で保育園の園長をされた方で、この技術は日本で斉藤公子氏から教わったのである。原屋氏は、JICAが社会開発分野において実施しているボランティア制度を通じて、現地の技術者をはじめ、障害者の家族に対し、障害児の動作や社会参加に関する技術を教える予定である。これは、画期的な過去に例を見ない手法で、これまでも非常に良い成果をあげてきている手法である。
以上ですが、ほんとによくぞここまで・・という思いと、あと一年半のプロジェクト終了時までに どれだけ応えられるのか・・という思いが交錯します。
(写真は、ビジネスホテルのある新幹線の東広島駅の近く。 けっこうこんな感じです。)
枯山水・・ (7・26)
TV(趣味悠々)で、『 滝 』をやってました。 ブエノスで、アルゼンチンにはイグアスの滝がある。 それにくらべて、日本の滝は、馬のションベンみたいなもんだ・・と自慢した人に 一人と言わず出会いました。
私は、顔でうなずき・・でも、心の底では、そうじゃないだろう・・という強い気持ちが。 馬のションベンどころか、この水の無い枯山水にも、水を想うのが日本人。
逆もまた真なり で、かの国には イグアス以外には まともな滝は・・・。 そこへいくと、日本には 何千・何万・ いや、このように 精神における滝も含めれば、何千万の 滝に恵まれていると思います。
毎日 分厚い雲が 宍道湖を押しつぶさんばかり。 今 日本中がこれ・・・そう、まだ(当分)梅雨が明けないのです。 そして、連日 水害による死者が・・・。
さて、日本に帰ると、一通の葉書が。 自分の障害についてアドバイスをしてほしい・・とのこと。
もちろん見ず知らずの方です。 HPを見られた様子・・・。 その方の身体を見ないでのアドバイス・・。少し迷いましたが、きのう電話をしました。
・・・ところで、今日午後から、カミさんと広島へ向かいます。 明日、JICA中国さんとの打ち合わせです。 で、明日のブログは 夜の10時ごろになるかと思います。
ブエノスに持っていくもの(7・25)
動きだします(7・24)
旅の3日目の朝は、サンライズの車窓の樹木の緑でめざめました。
かの国 では目にすることのできない緑色に 思うこと多多。 で、写真は、伯備線のやくも号。 高梁川も増水し、山々も雨と霧にもみくちゃにされていました。
この2~3時間後に隣の山口県では、水をたっぷり含みすぎた山々が崩れ落ちました。
家の近所の田んぼ。 ブエノスから、旅を気遣うメールが入っていました。この写真の緑を 送ってあげようかな。
さて、この6日間、毎日 体温計ってきました。 5・9 →5・9 →5・9 →6・2 →6・4 →6・2 (前半は、真冬のブエノスと、寒い機内・・ 後半の6度台は日本についてから・・)
自覚症状もないし、今日あたりから少しづつ動き出す予定です。
地獄の時間帯(7・23)
さて、フライトの後半。 ワシントンからは西へ・・でなく、北に向かって飛びます。
カナダのハドソン湾の上空(1万キロ)からの眺め。 しかし、アラスカは雪や氷は まったく見えず沼のように見えたのが気になりましたが・・・。
と、ここらあたりまではいいのですが・・この後の数時間は 体が苦痛にさいなまれる地獄の時間帯。 徹夜の二日目の朝・・の感じ? 身の置き所のない苦痛が。
なんとか東京駅にたどりついて、「 ヨシ! サバの塩焼き定食を!」 ・・ しかし、口にした日本酒も手伝ってか、すぐさま モウロウとしてきて、口も動かない程の ひどい状態に。
松江に着いてからも、時差ぼけ「症候群」が まったく抜けません。 それと、いくらインフルの兆候などまったく無い・・と言っても、すぐ元の病院の患者さんの 爪きりに出かける(接触する)たりするのは、時節がら不謹慎だろうし・・・。
で、ひとねっとの会員の皆さま・・・いつもなら 猛然と挨拶まわり・・と いうところですが、いま少しお待ちください。
アップル・デ二ッシュ(7・22)
さて、最初のフライトでアメリカのワシントン空港に。
インフル・・の対応はまったくありませんでした。
つぎのフライトまでは、意外と短く 5時間・・さて コーヒーでも・・。 で、写真のアップルデ二ッシュ(もちろん、そんな呼び方を私が知るわけ無いですが、書いてある・・ていうか、読める)・・
そして ワンバナナ ・・ ワンコーヒー(リテゥル) ・・と、口からブロークンの英語が・・。 で、それでいいのか 店員も同じフレーズを繰り返している。
アレ? いままでは、コーヒー以外は2歳児みたいに、指差しで買っていたけど・・。 これって、英語も3歳児? ってこと?
うーーん・・ スペイン語が4歳、5歳になったら 自然に英語もそうなってるかもしれないかも・・。
あと・・このスターバック・コーヒーがなんとも、身に沁みたなーー。
ともかく無事に・・(7・21)
無事に着きました。
でもアダプターを準備しておくように・・という指示をカミさんが こなせていなくて、自分のPCが使えません。
で、知り合いのかたのPCで、今UPしています。(こんなことも出来るようになったゾ!・・自分)
で、やはり厳しいフライトでした。 ほんと泣きましたよ。 明日にはHOTも貼り付けられそうです。
ともかく、今日は 帰国のお知らせのみでご勘弁くださいませ。 では・・
どこか、写経・・(7・19)
いよいよフライト日がきました。 今からウーンザリです。 地獄の2日半が・・と思うと・・。
さて、「リズムあそび」の22から先の作業、はかどらないので、メモとか、音符とかを、スキャナーがないから 写真をPCに入れて帰ります。
あと、ピアノ禁止
での『 歌 』・・これは、原屋ノートに何曲か書き記して帰ります。
そして、ここ数日 一番 こんをつめているのが、先の講座の最終日に ミカエラちゃんのママ( アドゥリアナさん )に披露してもらった手記を、自分の字で書き写す作業。
どこか、『 写経 』の心境です。 これで半分。 これも持って返
ります。 フライト中に写しながら・・かも。 皆さんにも紹介しますからね。
さて、この5ヶ月弱の期間の 最大の出来事は、やはり一人ひとりの障害児に、それぞれの発達が見られたこと。 そしてそれを、家族たちと笑顔をたずさえて共に歩んでこれたことです。
・・次のUPは、日本時間の21日(火曜)の午前11時ごろ・・・の気もしますし、夜になるような気もします。
フライト中になにかあっても、アドゥリアナさんの手記と共に・・・なら、本望かも・・。 ではでは・・ 『 Nos Vemos! 』 (また、合いましょう)
ジメジメしてられない・・(7・18)
あと、3日・・(7・17)
なんとはなしに 駅の広告です。 この国の北の方は立派に亜熱帯なのです。
きのうからの 晴れない心もちのまま、ラスト3日に・・。 午前中は、フォルモッサへの飛行機の料金調べに・・・。
そのあと、秘書役の方と打ち合わせ。 パラグアイ国のJICA事務所への郵便物の手配とか・・。 もともと、来年、パラグアイに情報交換程度のプランはあったのですが、すぐ近くのフォルモッサでいろんな動きがありますので、情報の共有を 前倒しに。
午後は、・・ もう、2ヶ月近く前に ミリちゃんの水泳を見学した・・・そう、その時のインストゥラクターの方からの依頼。
で、お姉さんへの発達相談。 おとうさんの影も映っています。 喫茶店での相談だったので、おわって近くの公園で実技を一つだけ・・。
さて、セニョーラさんからメールが・・・ なになに・・・ は? 松江到着時は、仕事で家にいませんので・・・・ですか? まあ、もう○回目だから、そんなもんかね! 家の鍵はわかるようにしといてよ・・!
みぞれに?(7・16)
どんよりとして、それでいてひどく 底冷えがして。(ま、本来 山陰の人間ですから、こんな天気が私の体には、基本形ですけど・・) ヒマワリへの道が随分 遠く感じられました。
ちょっとした山にも見えますが、山は1000キロも行かないとない国ですので、ただの木立です。 冬枯れ・・冬枯れ。
さて、ヒマワリ。 リズム小組。 きょう初めての
方もあって、オーバーを着たままでいいですか?・・ですか。 はい、いいですよ。 どうせ5分もしたら熱くなりますよ。 ホラネ!
で、おしくらまんじゅう・・やら、お相撲やら・・。 終って、浦崎さんと ほんとに最後の打ち合わせを(もみの木保育園での研修)。
都心に帰ると、『 夜更け過ぎには、みぞれ・・にかわるだろぅ・・♪・・』と、思ったほど さらに、そんな天気に・・。(もちろん、みぞれ は降らない国ですが)
そして なにか、自分の心も 重たいです。 理由ですか?・・ このまま行って、活動が前のめりになったらどうしようか・・・とか、 自分が変に 「 りっぱな人間・・」 として振舞う姿を思ったりとかして・・。
『ハラ!』 二題 (7・15)
「 ハラ! 」・・「月曜日の午後、日本文化センターについて行って!!」・・と、ロミーナさんに頼まれて、きのう出かけました。
そこに図書館があるのです。 といっても、ほとんど英語。 で、この本を説明していたら、「和紙」のところに、安部栄四郎氏・・が写っているではないですか・・。
だんだん私のテンションが上がり、大声のカタコト・・に。 しばらくして、あのー・・ここは会話の場所ではありませんので、下のほうでお願いします。・・と。
で、下で会話してたらこんどは守衛みたいなのが、静に!!!などというものだから、日本びいきのロミーナさん、 すっかり幻滅してしましました。
今一つの「ハラ!」・・。いまから、30年ぐらい前、この国のとなりのチリで、民主的な政権が誕生しました。 その時期、「 ビクトル・ハラ 」という国民的な詩人がいたのです。 私などは、かれの詩と歌を遠い日本でも歌ったものです。
しかし、2年もたたずに軍事クーデターが。 あとはお決まりの暴圧が・・。 何万の活動家が捕らえられ、サッカー場に集められ、最初に、ビクトル・ハラの、その憎い右手が、皆が見ている眼前で切り落とされたとか・・・。そして、彼らのその後もお決まりの・・・。
当時、このニュースに、私の腕には鋭い痛みが走りました。 さて、・・・このアルゼンチンでは、この時期のチリのことを まともにに知っている人に、私は まだ一度も出合ったことがないのです。 なにか、この国の そのころの政権に隠されていたのかも・・・。
で、おとといの夜 NHKでなく、この国のテレビを見ていたら、なんとこの方が ビクトル・ハラの歌を歌ったのです。 うーーーん・・・ いつの日か、彼の歌をこの地で歌おうゾ!!。
習慣の違い (7・14)
昨日の午後は、秘書役の方と打ち合わせ。 きょう午前は、ポコ・・の役員との打ち合わせでした。
さて、ずっと以前からUPしたくてうずうず・・してたこと。 習慣(コストゥンブレ)の違い。 毎日 幾度となく乗る地下鉄。
そこへ身重の・・あるいは、高齢者が・・・。すると、2人も3人も立って、席をわれ先に譲ろうとする・・。 まあ、結構なことである。 我々、日本人も、やりますけど、顔が赤くなる(とりあえず、私は)。
ところが、この証拠写真をごらんアレ・・。 ま、この時はすいてるけど、これがどんなに満員になっても、絶対!!・・絶対!!・・動かない。
じりじりして、『ペルドン』 などと私が席を少ーーーーしだけ、あけてもらおうとすると、いっせいに周りから、きびしい視線が。 おまけに、少ーーし動いた客に、『あなた、平気なの・・』なんて、周りのものが同情したりしている。
その2・・・さて、インフル・・こちらでは「 グリペ 」
まず、クシャミや咳は、我々が思う咳払い・・ぐらいにしか思われていない様子。 ようやく、こうして 口に腕をもっていきましょう・・という、キャンペーンが行なわれている程度。
さらに、『マスク』は、絶対に近いほど しないのです。 この説明書にも、口元を覆う・・の漫画はあっても、マスクについては・・・・。
・・ マスクはかえって危ない・・・菌が付着しやすい・・というのがこの国の「常識」なのです。 あのーー・・私がしない・・と言うことではないですよ。 あくまでも、この国の習慣を紹介したまでですよ。 (特派員として?)
この国事情 (7・13)
出発前、どなたかが 『 エツ? 夜行バスで行くんですか?・・気をつけていってくださいよ・・ この国はなにが起こるか解りませんから・・』と。
で、私の乗った夜行バスから5時間あとに、通った同じ道で この事故。 6人死んで、36人重軽傷・・・。
でも、この国では日常茶飯事のことなのです。 なにしろ、ブエノスから離れれば、片側一車線ですし、その上 分離帯も無い。 その上 両方100キロ以上のスピードは常識の国ですから。 さらに夜間だし・・・。 その上 牛が横切ったり・・(ま、切がないですが・・)
で、フォルモッサのフィーバーぶりだと、これから相当通うことになりそう。 とりあえず、飛行機の情報を集めてはいますが・・・予算の組み替えも必要かも・・・。
さて、最後の日曜日。 今、この国はインフルで、学校は冬休みの前倒しだし、いろんな催しも 中止が多いのです。 その関係で、今日の用事もストンと無くなりました。
(もっとも、もっと小さな事情でも、なんか理由があるとすぐ休みにしたがる・・という この国事情も 手伝ってる・・と思いますが・・)
午前中は 来週から始まる、浦崎さんとの文献学習(・・ついに3冊めに・・)の準備。 この本に、20年前に引いた線をケシゴムで消す作業などしながら・・・ いまさらながら 先生の『 愛と苦闘 』に、作業もとまりとまり・・・。
フォルモッサ(その3) (7・11)
いちおう、活動の報告は済みましたので、最後に『地理屋』としての感じたことを少し・・。
『 国境の町 』・・フォルモッサは国境の町でした。
人の動きが見えるほどの 川(河)の向こうは、パラグアイ国。 前夜からの雨で、河ぞいの植物が ゆっくり ゆっくりと流れてきてました。(奥から、手前に)
国境ゆえの、いま少し きな臭い見聞もあったのですが、またいずれ・・。
『 沼地・・沼地 』・・フォルモッサはすべて 沼地でできたかの印象でした。
もちろん、今回は 雨で ルータ(道)が、通れない(ま、原屋の内心は、車がだめなら歩いて行けば?と一瞬・・)ので入ったわけではないから、想像も入りますが。
帰りのバスのガラス越し。 草地の中は まったくの沼のよう。 ・・このなかで、先住民はどうやって今 雨をやりすごしているのだろう・・と、思っていた その時。
ひょっとして 何百年か前、彼らは容易に入り込めないこの沼地に、命を守るために わざわざ 『逃げ込んだ』 のかも・・というシナリオが 一瞬 心をよぎりました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、昨日の午後は、浦崎さんと今後のうちあわせ。 きょうの午前は、Sさんと打ち合わせ。 午後は、JICAアルゼンチン事務所へのフォルモッサの報告と、一時帰国の挨拶に行きました。
明日からは、通常(?)のブログに 戻る予定ではありますが・・・。
フォルモッサ(その2) (7・10)
さて、2日目。 夜来からの雷と豪雨。
「これでは、先住民の居住地への道路は通れない状態です・・」ということで、市内の福祉施設の視察に。 4箇所(5箇所?)・・。
で、この施設でAちゃん・・に出会いました。 そして、当面の発達援助の伝授を・・。 
(・・そうそう、前日終っての打ち合わせで、今日の50名の参加者に講座を持って欲しい・・という申し出が・・) (「OKですけど、15人までとしてください・・」というやり取りがあったのですが・・)
・・で、この秋(春)に持つこととなった、講座のモデルを Aちゃんにお願いすることになりました。 スタッフのこの表情だとすぐ斎藤メソッドに取り掛かりそうな感じですね・・。
ところで、まん中で障害の子達に囲まれているのが、今回のプロジェクトの直接の担当者の『 リリアーナ 』さん。 なかなかの人物です。 これから、何回もブログに登場する方と思います。
さて、、すべての日程がすんで、やれやれ・・・やっと二人きりになれたなー(同行通訳のA君と)・・ああ、そういえば地元の新聞にも出てたと 言ってたなー。
あらら・・一面だよ・・上はブエノスの中央政府の動きだから、
地元ネタではトップ扱い?
(業務連絡・・セニョーラさんへ・・。 拡大して見てよ・・。 ちゃんと前を向いてるでしょ・・。いつものように、下を向いたり 頭をかいたりしていないでしょ・・。)
で、関連記事は4面に ほぼ一面使って。
さて、明日も いま少しフォルモッサの話しを・・。
フォルモッサ(その1) (7・9
おとといの午前中、州の○○大臣(いまだに仕組みが飲み込めていませんが)のアルベルト氏への挨拶。
なんだか、一年ちょっと前にも同じような場面がありましたが、 おとといは 驚くほどの友好的・・というより、わけが解らないほどの、熱のこもった対応でした、
終ると、ドカ ドカッ と 地元テレビのクル-が入ってきて、インタビュー。
ま、私への時間より、大臣への時間が長かったけど、アルベルト氏・・「魚の動き」・・とか、 「両生類の動き」とか話してる。
それって、さっき僕がしゃべったことですけど。 ま、おおいに結構ですが。 さて、午後の5時からの担当者へのプレゼンは何人ぐらいですか?
ハ? 50人? 聞いてないけど・・いいですよ。
で、広ーい会場で 私から斎藤メソッドについての説明と、ビデオ「トスカ」の上映。
続きは、明日・・(と言っても、5時間後ぐらいの UPになりますが。)
そうそう、アルベルト氏への熨斗紙の漢字・・『 亜 留 辺 流 跳 』 と書きました。
いざ、フォルモッサへ(7・7)
きのうのバザール(フェリア)の続き。 まだ人もまばらな時間に着いて、変に寒いし・・。で、カフェ・バルに。
このおじさんたち いい味出してるなー。 スサーナ先生に聞いてもらったら、『 ガウチョ 』ですと。
なるほど、正真正銘のガウチョだ。 その証拠に体が小さい。(馬に乗る仕事だから、小柄であることが・・)
それに、ここは ブエノスの町外れだから、ほんとにカンポ(田舎=牧場地帯)からも直接くるんだ・・・。
で、会場が雇っている風の、わたしと最初に踊ったセニョリータ。 ま、歳はともかく、こういうところでは、セニョリータ(娘さん)と言わないと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、昨夜からの雷と、しのつく雨のなか、メールに触ったりしながら、午後の出発の フォルモッサへの出張の時間がせまっています。
この次のUPは、日本時間で、9日(木)の夜9時半ごろにはUPできると思います。 では・・・。
バザールに行く (7・6)
スペイン語のスサーナ先生が、マタデーロ地区(屠殺場)のフェリアに行きませんか? エンパナーダも食べれるし、フォルクローレも踊れるし・・・と。
で、繰り出しました。 フェリア?って、バザールのことでしたか・・。 で、お目当てのサルタ風エンパナーダの店。
行列が切れない店。 どの国も おばさん・・みたいな方々が働くと、同じ雰囲気ですね。
で、肝心のエンパナーダ。 むろん美味しかったです。 が、8年前、セニョーラと 本場のサルタの道端で食べた味には、少し距離が。
もう一つの方? フォルクローレですか・・踊りましたよ。 ま、野外だから疲れない程度に。 なにせ、明日から出張ですので。
楽しむというより、外人が喜んで手を叩いていました。 これでもこの5ヶ月で踊ったのは今日が初めてですよ。
もう卒倒しそう! (7・5)
きょうは、ダウン症児のMちゃんのところへ、ダニエル氏を伴って訪問。 不在となる2ヶ月間のメニューを・・。
このMちゃんの町、スロレンシオ・バレラは なにしろ埃っぽい町です。 風で飛んでくる土埃が目に入ること・・。
さてェーーーl 先ほどメールをCKしたら、今度、転勤の息子から、久しぶりのメールが。 オッ!! なになに・・・ マゴちゃんはどうかな・・?? なにィィーーー!?? 転勤場所が変更になっただとォ????
会社の都合(っていうか、戦略と言わないといけんかも)で 急遽、○○県に変更って!! それって、さらに5~6つの県ほど、遠いし?
アアー・・! 血の気が引いていくー! 卒倒しそうだーーー ・・----・・!!。 ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
物価もドルも上がるなー(7・4)
トスカのビデオを巻き戻したり・・、こまごまと・・。 で、ペソが少し足りないかも・・。
で、フロリダ通りの両替銀行に。 セニョーラさんへ・・。ミラ!(スペイン語で、見るの命令形)・・ 『3.82』・・ついに、3.8を超えたよ。
物価も上がる・・ドルも上がる・・いずれにしても、来年の予算の見直しは必要ですよ。 すみません。。文章途中で、書きかけのまま出かけます。
(5時間後です)・・行ったのは、ミリちゃんのとこ。 風邪(インフルでなく)をしばらくひいてた・・とのことで、体がすっかり硬くなってるから、今日はほぐしを中心に・・。
さて、帰ると JICAアルゼンチン事務所から、メールがきてました。
フォルモッサの州から、最終の返事が・・・・・。 それによると、○時~州政府の○○大臣等との懇談・・・その後・・昼食会・・・・○○のあと・・・夕食会・・・
ちょっと、ちょっと・ちょと!。 と、いつもなら言うところですが、今回はOKですよ。 こちらのJICAさんに調整を頼んだわけですから、こうゆうことも想定内。
それにしても、なにか起こりそうだな・・。 どうか、靴下を脱いで説明する瞬間がありますように。(オハラ!)
焦らないように・・(7・3)
きのうは、あれから レティ-ロのバスセンター ・・・例の187番 で落ち合って、ミカちゃんのママと、マルさんとの話し合いでした(通訳つけて)。
秋(春)からの活動の道すじを一時帰国までに多少でも・・と。 そして、夕方は ロミーナさんとの打ち合わせ(というか、彼女が時間がないから、バスの移動中に)。
しかし、少し焦ってる感じが残ってしまいました。 来週フォルモッサの出張で 4日取られる・・と思うと、普通に動ける日は 一時帰国まで、もう10日も無いかも・・と少し浮き足立っているのかも・・。
きょうは、自閉症の青年宅への訪問でした。
このところ、入り浸っているケーキ屋さんの近くの壁。 まだ十分残っていた朝陽が逆光ぎみに・・・。 ま、いずれにしても少し焦らないようにしないと・・。
ああ・・・インフル・・・色々書くと、カミさんから;;;; と思って、書かないようにしてましたが、 この国も、いよいよ・・・という感じです。 なにしろ、今 真冬ですから・・。
浦崎さんの感想文(7・2)
午前は、イプナのエドワルド氏との面談。 もう一人でいけなくもないけど、通訳付けて。
写真・・さすがに冬枯れ・・いいのが撮れませんでしたので、お蔵から夏のを一枚。
さて、浦崎さんの 講座の感想文です。
PCで、打って紹介しようか・・とも思いまし
たが、連日のPC打ちで、右手が腱鞘炎ぎみですので、HOTで。。。見ずらいですが。
○○さんも、拡大してご覧くださいませ。 ( ○○さんへ・・老婆心ながら、クリックした後、PCの左下のCtrl(コントロール)キーを押しながら、Lの右の+を押すと、さらに大きくなります)
「金をほどこすのでなく、人間の尊厳を回復させる・・姿に学んだ・・」という言葉に、いまさらながら背筋が伸びるものがあります。
「フィッチ・ゲート?」 (7・1)
きのうは JICAアルゼンチン事務所にて、フォルモッサ州の打ち合わせ。 もとより、本来は こうした政府機関などの連絡も 「ひとねっと」が単独でやるのがすじなのですが。
今日は、8月の後半から、日本での短期研修を予定してもらっている、ヒマワリの浦崎さんとの 詰めの打ち合わせ。
ごめん・・きょうも原屋のミミズ象形文字。 このインフル騒ぎの中、彼女の希望は英語を使わなくてもいい メキシコ経由。 しかし、いくらなんでもそれは・・・で、ワシントン経由に変更してもらった。
だが、わたしと同じく英語に弱い 浦崎さんが、安全に成田に着くために、本日フライトの 『 予習 』 を。 結構 命がけなのです。 そう、ここでは「アー・ナリタ」 ここでは「フィッチ・ゲート」・・・。
一応「 絵で見る・・リズム(土台編) 」が今日で終了。 終了式でもあるまいけど、3日ぶりの青空に向かって 自転車こぎの足を、トッティ氏に撮ってもらいました。
























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