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2008年2月

かみしばい(2・29)

Dey うちの病院・・もう退職しているのに、ついこう言ってしまう。

昨日午前、デイサービスで 《うたレク》 を行なう。 おわって、通所のかたの梅越しに満足そうな顔・・・

おもわず一枚・・ でも、このレクには少し下心が・・。

おわったあと、すみっこを借りて、夜 予定している報告会の資料の作成・・。Kamisibai 

昼飯もとばして、調子がでてきた。

でも時間が・・そこで、伊○さんを呼び出して(呼びつけて)色塗りをお願いする。

こうして、立体紙芝居みたいなのが完成。

よるの報告会・・JICA中国の○田さんを交えての交流会・・も無事終わりました。

みなさんのお手元にもなんとか届けたいなー

《今》・・をめくると 《これから》 が見えるのです。

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《アンデス》の《パエリア》(2・27)

本日ただいまより、パエリアを作ります。

今からもう7年近くまえ、JICA派遣の日系シニアボランティアの時代、ワインで知られるマンドーサへの出張。

真っ白なアンデス山脈をとおくに、日本人が少しだけ住む寒村が・・・

野田さん・・というお宅で、日本から持ってきたというホットプレートで、ワインをいただいている目の前で、奥さんがさらさらっ・・とパエリアを作ってくれた。

もとより魚介類などない山奥・・たしかホタテの缶詰だけだったと思う。

そのおいしかったこと・・ いらい日本に帰ってから何回か作ってきた・・が、作るたびに魚介類が増えて・・あの味からどんどん遠ざかっていく。

今日は、ひとつシンプルに・・ では、台所に立ちます・・Paeria 

ありゃりゃーー!!

やってもたがなー・・ 舌がしびれるほど塩辛いがなーー!!

片手にスペイン語・・を怒鳴りながら・・では、やっぱ罰が当たったがなー。

これから、近くのアパートに住む息子夫婦に、鍋ごととどける段取り・・。

どうする・・どうする・・・いままで作ったパエリアで、最悪。。

ところでかの国では、パエリアと発音しないで、「パエジャ」・・といいます・・などと、話をそらしたりして。

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「かもす」定食(2・25)

Kamosu 10日ほど前、やんごとない用件で 雪が降りしきる文次の生家に 2~3日すごしたセニョーラが、ウイルス性の腸炎とかにかかた。

かなりメタボぎみの彼女が、5日ぶりに食事を口に・・・

すこしずつガムを噛むように・・・ 何の話からだったか忘れたが、そうゆう食べ方をするとお腹がへらない・・

そんなら私も・・とやってみると・・これがいつもの三分の一の量でお腹がいっぱいになるではないか。

いらい、原屋ハウスのマイブームに・・ どうせ、ワーキングプアーだから などとえらく盛り上がっている二人。

ところでネーミングだが、《ヤマタノオロチ》が、この地方の強い酒を飲んだところを《スサノオノミコト》が退治するのだが、 この強い酒を造るため、もち米(あたり)を口に含んで・・噛んで噛んで・・そして《jペッ》・・と吐き出して造らせた・・との説あり。

そのことを、「かもす」・・といい、わが松江にある国宝ー《神魂(かもす)神社》ーの(かもす) もこれに由来するかも・・

いけんわ・・とまらんがね・・取り急ぎ、本日これにて・・

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マンガでスペイン語(2・23)

Supeingo220 近頃 夢でスペイン語がでてくる。

流暢に・・とまではいかず、ともかくしゃべろうと努力している自分が。

いま 週一回、ネイティブのレッスンを受けている。先生は 近くの島根大学への留学している、コロンビア人。

コロンビア人の発音はきれい・・の定説どうり、ここちよい発音。

ブエノスのテキストに、場面場面の漫画を自分で書き込み、漫画だけをみて かなりなスピードでスペイン語でしゃべる・・・という方法。

(マル秘の特訓方は、ひどく低い声で、ひどくゆっくり発音する・・というもの。)

2ヶ月後、ひょっとして スサーナ先生が ちょっとびっくりするかも。。。

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「参加型」・・で思い出したこと(2・20)

Sankagata 始めにおことわりを・・。

おとといのUPで、JICAの職責のかたを「犯人」よばわりしました。 その方がいかにもさばけた方だったので、・・

罪滅ぼしに、今日研修どうりにP○○のフォーマット作りに取り組みました。

その前に、この「参加型」という文字にあるトラウマが・・。

10年ぐらいまえ、友人の東京の佐○氏が、東京などから文化人などを引き連れて、島根の三瓶(べ)でワークショップを催した。

私にも、てごせえ(手伝え)ということで 裏方として参加していると、セミナーみたいな場面に引っ張り出されて、なにか得意のパホーマンスをやれ・・という、

しかたがないから、隠岐民謡の「しげさ節」を手拍子を入れながら唄いだすと、参加者も手拍子をいれる・・とその時、最前列にいた初老の文化人の方が、「オッ、参加型だー」・・とかなり大声をあげられた。

そしておそらく、すばやくノートになにやら書き込まれた・・・ 私は、歌いながら すこし嘔吐しそうになった。 そして、つくづく【田舎びと】でよかった・・とおもいながら唄い終えた。Pdm 

さてさて、きょうの作業・・ やっぱやってよかった。 7割がたまで出来た。

隣は○原さん。 私の《みみずもつれ文字》にもなれて、作業がはかどること・・。

これから、縦の【ねじれ】 に気をつけながら、あさってもう3時間やります。

【地球広場】のみなさん・・こんな感じです。

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犯人はこの人だ!(2・18)

Jica216_2 毎日200パーセント灰色の山陰の空に変わって、ここは東京渋谷・・。

基本的に 3ヶ月間快晴・・の冬の東京は 世界的にみてもすばらしい・・と、書いた外人がいたが、原屋には(いまごろ日本海側は雪・・)と写る。

さて、昨日おとといと 「草の根」の対象となる、NGOや、自治体の人間を集めて研修。

一分間に10個以上の横文字が氾濫する ある意味特殊な世界。

横文字はいいけど、なかにはネイティブの発音をする御仁もいて・・ 

でも、流れに身をまかせて、しっかり勉強して、夜行列車(サンライズ)で、さきほど帰りました。

この研修の費用は全部JICAもち(すなわち国民持ち)。 熱いうちにひとねっとの申請書も手直しを・・

研修の途中、かみさんから《草の根》申請の有識者会議の結果の連絡が・・。

もとより結果については、まったくこだわりを持っていませんが、110メートルハードルでいうと、ハードルはひょっとしてあと一つぐらいかも・・・

そうそうタイトルのこと・・ 研修が終わって、草の根の責任者の方に挨拶・・ すると「ヤーホームページ時々見てますよ 」だって!

ハハー、東京がひとねっとのアクセスがトップなのは、この方の・・・・・・

ハハー、この人が犯人じゃ(?) つかまえた^~~~~!

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雪よ!だんだん(2・15)

ここ2~3日、やんごとない用件で松江から50キロ奥の生家に行ったりきたり。

ブエノスで、《ドカットふって待て》 ・・といったとうり申し分ない雪

あげくのはてに、素足にわらぞうりで雪の上を歩くはめに。

おかげで、すっかり雪に身を清めてもらった。Yuki215

こうゆうことが、ブエノスで活動する上で、どんなに精神的なスタミナになることか・・

ところで、原屋の人生の夢・・はもともと七つぐらいあって、そのうちの一つが一万枚の雪の写真を撮る・・というもの。

80歳ぐらいになってからかな・・と思ってたけど気がついたら始まってる・・

今日はこれから東京へ向かいます。

だんだん・・とはこの地方の言葉・・グラシアス・・という意味です。

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一枚の写真

Ie2 55年前の原屋の生家の写真。

もちろんいえにカメラなど無いから町の写真屋が撮ったのだろう。

月は5月(いや6月?)奥出雲のほうはこいのぼりでなく幟(のぼり)を揚げたものだった。

父が写って、その隣に妹をおぶった姉・・おそらくその隣に小さくかすかに写っているのが5歳ぐらいの私だろう。

夜になると家の後ろの松ノ木に夜ずくがきて毎晩鳴いていた。

家の中は当時どの家もそうであったように戸などはすすのせいなのか磨きこんだからなのか黒光りしていた。

この父も90が過ぎ、入院がちになってきた。

(本日ここまで・・続編が書きたくなったら・・また・・)

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ちかごろ・・

Kafer 一時帰国して2週間がたちました。

アルゼンチンでの激走・・の疲れもようやく取れた・・(完全ではないが)・・かな。

松江88蚊所・・に新しく殿堂入りが。

天神川のセンターボールちかくの 仏壇の原田・・の向かいの路地を3~4軒入ったところに《R》・・という飯屋が。

写真の茶色の建物の手前側・・看板もないにひとしいので、探し当てたら景品もの。

このあたりは昭和の建物も多い。

さて いつのまにかスケジュールがふえて、週3回ぐらい 元の病院で 午前中 患者さんの入浴介助のアルバイト。 木曜日の夜はスペイン語のレッスン(コロンビア人)。  土曜日の午前はダンベル体操・・・

でも日課の中心はスペイン語。来週はJICAの研修(東京) まあこんな日々です。

体重が2キロ近く増えてました。冬眠前のくま。

そうそう、この飯屋のはらやネーミングは 《天神川カフェ》 です。

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デッドゾーンをさけて

111i 昨日はセニョーラ(事務局長)と前泊して JIKA中国に 

一時帰国の挨拶と打ち合わせに。

《草の根》の案件申請もいよいよ大詰め。 結果はともかく ここまで真摯に対応をしていただいただけでも 感謝にたえない。

さて、東広島は雪模様・・このまま54号線を帰れば、デッドゾーンを通らねばならぬが・・。

で、毎年死者が出るエリアを避けるルートに。

まず、西條から三次まで(1時間15分) 三次から江の川沿いに粕渕まで(2時間) 粕渕から太田までルートをあやまって山越えとなり(1時間) あとは松江へ・・

まあ、7時間くらいかかったかしら?

7時間なんて楽なもんです。ブエノスから松江までの50時間とくらべれば。

ハイハイいつもどうり時速は50キロですのでね

(念のために・・デットゾーンとは・・広島と島根の県境の赤名峠のことでなく、頓原から掛合までの 深い谷間の 下り坂の ヘアピンカーブのこと・・毎年このゾーンの怖さを知らない、おもに広島の人などが亡くなるのです・・)

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松江88蚊所 (2月2日)

Sinziko このブログをアルゼンチンでのぞく方もいるので、故郷紹介。

山陰(さんいん)・・という名のとおり、灰色の色だけで絵が描ける今日の松江。

宍道湖のこの位置に沈む夕陽・・ しかしハラヤの眼にはもっと街の一隅にそそがれます。

意外と有名な「はらやノート」に今そんな一隅が68箇所ぐらい殿堂いりしています。Fune 

88箇所・・・でなく、あくまでも 《蚊》所・・でないと・・。

で、ちょうど上を写して、反転して下を写した感じのここは、新大橋北詰・・

《蚊》所に殿堂入りすると原屋さんから名前がつけてもらえる特典が・・。

で、ここは《船見だいせん(大山)》・・少ーし 大山も見えてます。

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