Certificado para Adriana NO 1

[ これから5回程度で、JICAの委託事業としての「草の根技術協力事業」で現地で原屋が技術移転者として育成した『 アドリアナさん 』が、故郷のフフイ州で斎藤メソッドでのボランティア活動をするために私が作成した 『 活動技術証明書 』 を紹介します。 文章の中では「ひとねっと」の活動もあわせて紹介しています。 またもう何回も聞いた話・・と思われる方もあるかと思いますが、アルゼンチン人でこのブログを読む方もおられますのでご理解を・・。 ]

『 14 de noviembre de 2011 ( 2011年11月14日)  Certificado de capacitacion tecnica de Adriana y sus actividades    』   Fumitugu Haraya, Representante de la ONG Hitonet Japon en Sudamerica    アドリアナさんの活動と技術の証明書  文章・NGO南米ひとねっとハポン代表 原屋 文次

(Ⅰ) Sobre La ONG Hitonet Japon en Sudamerica    NGO南米ひとねっとハポンについてImagen_376

Se fundo en julio de 2003 con el objetivo de ayudar a ninos discapaditados que provienen de familias de bajo nivel adquisitivo   「南米ひとねっとハポン」は2003年7月、アルゼンチンの貧困層の障がい児を支援することを目的にスタートしました

Su origen se remonta en el periodo de voluntariado Haraya(actual Representante ) , que comenzo en julio de 2000 y tuvo una durasion de 2 anos ; mientras se encontraba trabajando en el area del bienestar social de la tercera edad en la comunidad Nikkei en la Argentina para un programa de JICA , Haraya se percato de la existenci de problemas que tenian que ver con ninos discapacitados en familias de bajo nivel adquisitivo independieImagen_341ntemente de su trabajo en JICA   

きっかけは2000年7月から2年間、代表の原屋がJICAの日系シニアボランティアとしてアルゼンチンの日系人の高齢者福祉の活動をした時、アルゼンチンには貧困層の障がい児の問題があることに気付いたからです   

Haraya decidio asentarse en la Argentina en septiembre de 2007 y hoy , despues de mas de cuatro anos, continua con la actividad

2007年9月からは代表の原屋が直接アルゼンチンに渡り、4年以上の活動を現在も継続中です 

Durante el periodo abril 2009 - marzo 2011, la organizacion recibio el apoyo de JICA al considerarse una actividad relacionada relasion con la cooperacion tecnica internacional y actualmente sigue manteniendo un estrecho contacto con esa entidad111027_231137 

また2009年4月~2011年3月までの2か年は、JICAの国際技術協力事業として認定されJICAとの提携いた活動を行いました。 また「草の根」が終了した2011年4月以降もJICAとは提携をもちながら活動しています (続きは2月15日予定)    

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九州・・まだつづく (1・29)

120125_100439  Todos los dias esta nevando .  En mi provincia este tiempo sigue hasta marzo .    毎日毎日・・雪です。 この天気が3月までつづきます 

さて、福岡県での話がもう一つ残っています。 というか、私の個人的な事なのです。 というのは、訪問した幼稚園の父母の方との懇談会で「カネミ油症」の話をしたのです。 

その際、『遺伝』という言葉を使ったかと思います。 しかし遺伝ではなく「 カネミの油から生じたダイオキシンが被害をうけた『母親の胎盤を突き抜け胎児に影響を与えた』 」と言うべきだったのです。120126_092227_2

 Segunda foto tambien falta el luz.  Quiero un poco mas sol parece la palabla de final de Goethe .  二枚目の写真も光が足りない。 ゲーテの最後の言葉のように今少し光が欲しいのです 

さて、この福岡の失敗はもちろん私の勉強不足です。 しかし解っているつもりでもいざと言うときに口に出ない。 これは年齢からくることも考えられます。

そこで、大事なことは○○に○○していくべきか・・と思います。 120106_091020○が何か?はご勘弁を。 言葉にだすと実現しないことが多いのです。

 Quizs en lugar de el luz , Yo busco el color rojo . キット、光の代わりに私は赤い色を求めているかも・・ 

さて○○になります・・のバイト。 あちこちでの歌レク♪。 そしてスペイン語・・の日常に戻っています。      120111_095536

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クラウディオ氏の記事について・・

1月1日付でUPした、フォルモッサ州のクラウディオ氏の話のブログを事情により、ほんの少し修正して再びUPしています。 他意はなく、フォルモッサの色々な話を[ひとねっと]のニュース(紙の)にまとめて掲載しようか・・という作業のためです。 作業が終われば削除するかと思います。 ご理解のほど。

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Caso de Claudio (臨時のUP)

[ クラウディオ氏の話 Caso de Claudio ]  091206_233028

 クラウディオ氏は[男性の家]で働いています Claudio esta trabajando en la *Casa de Hogar de Hombres *   実は彼はリハビリ士ではなく生活支援のスタッフです  En realidad , el no es quinesiologo sino es del equipo de ayuda para actridades diarias   

この[家]には親にゴミのように棄てられた20人ほどの障がいのPhoto青年が生活しています  En esta casa viven veinte jovenes con discapacidades que jueron tirados por sus padres como basura     

ところでここにアリエルという男の子が生活しています En esta casa vive un chico descapacitado que se llama Ariel  彼はまるで植物のような状態でした  El estaba como si fuera un vegetal  しかしクラウディオ氏が斎藤メソッドを使って本当に根気よく働きかけました  Pero Claudio trabajo con mucho esfuerzo utilizando el Metodo Saito  

次第にアリエルは驚異的な発達をとげました  Poco a poco ,111011_071914 Ariel se dessarrollo maravillosamente      そして現在クラウディオ氏はフォルモッサ州の斉藤メソッドの学習会のリーダーとしても活動しています  Y ahora Claudio esta trabajando como lider de las charlas del Metodo Saito en Formosa 

本当にすばらしいことです!  Realmente excelente !

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九州 続報 (1・22)

120113_211722 En provincia de FUKUOKA : Parte 2 :   Tuvimos una fiesta con ellas y con *SAKE*   y  vi su danza como un fantasia y muy extrana . 

2日目の夜には私とカミさんのために「飲み会」が「挙行」されました。 昨年は炭坑節の踊りでしたが、今回は写真のT保育園の園長と主任さんを交え、さらに『おどろおどろ』しくパワーアップ。。。。

絶対「まぼろし」だったと思う。 どこか南方の踊りにも見えたなー。 そう、 インドネシアの「ケチャ」を連想しました。 DNAが近いんでしょうね。

En el  terser dia una compania Sra. S nos invito barrio YAMAGA  .   Ese barrio es muy antiquo .     3日目は半日、『山鹿』(熊本県)という古風な町にSさんに連れて行ってもらった。 また行きたいこじんまりした町です。 ユーチューブ張り付けておきます。もちろんこの踊りはお盆に行われます。http://www.youtube.com/watch?v=QROawfeNa_g&feature=related

Entonses , yo y mi Sra viajamos con el tran que se llama SINKANSEN  . Ese tren es mundialmente famoso .  Es muy muy exselente !!!

さて、今回は夫婦の年齢を足して80歳を超えると使える『フルムーン』切符で動きました。 岡山までの辛い特急もグリーン席(これが非常に楽です)。 そして九州新幹線の『さくら』もグリーン席(お姉さんがうやうやしくオシボリを渡してくれる)・・で、2人で3万円以上割安となる・・・とまあ、いいことずくめでした。

これも写真ないので、ユーチューブを張り付けます。 しかしこのコマーシャルは海外を含め数々の大賞を取ったほどの感動のフィルムです。 ぜひ全編ごらんください。http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU 

  

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«Ministro y Liliana (15.1.2012)